【顔のないヒトラーたち】はアウシュヴィッツの戦犯にまつわる実話。

3.5
映画


【顔のないヒトラーたち】は、2015年に公開されたドイツ映画で、1963年から始まったアウシュヴィッツ裁判の前日譚というべきストーリーです。

アウシュヴィッツ裁判は、アウシュヴィッツ強制収容所でのホロコースト(大虐殺)に対して、収容所の所長や副所長に対しての罪を問うものです。ドイツが敗戦国として受けたニュルンベルク裁判とは違い、ドイツ人自身でナチスの罪を裁いた歴史の転換となる裁判です。

現在では、アウシュヴィッツ強制収容所は大虐殺の代名詞として、我々日本人でも知っていますが、物語の1958年当時は、ドイツ人でも詳しく知りません。

また、日本と比較し、ドイツは反戦教育が行き届いており、ナチスへの嫌悪感も強いと言われますが、このあたりの空気感も当時は違います。

知られざるドイツ戦後史を知れる映画であり、戦争犯罪への意識を変えていった検事達を描いた良作です。

おすすめポイント

良作ですが、好き嫌いが分かれる作品だと思います。ヒトラーものですが、戦後の話でありドンパチはまったくありません。個人的には恋愛要素は必要なかったかなと思います。あと、顔が似ていて初見だと人物が混乱するかもです(笑)。

  • おすすめポイント①:ドイツの歴史が学べる
  • おすすめポイント②:同じ立場の日本人には見ごたえあり

こんな方におすすめ

ヒトラー・ナチス関連の映画が好きな方、現代史が好きな方におすすめです。

作品概要

  • 公開:2015年
  • 制作国:ドイツ
  • 上映時間:124分

キャスト

  • アレクサンダー・フェーリング(ヨハン・ラドマン検事)
  • フリーデリーケ・ベヒト(マレーネ・ウォンドラック)
  • アンドレ・シマンスキ(トーマス・グニルカ
  • ヨハン・フォン・ビューロー(オット・ハラー検事)
  • ゲルト・フォス(フリッツ・バウアー検事総長)

【顔のないヒトラーたち】はU-NEXTで無料視聴が可能です。

\31日間無料トライアル/

【顔のないヒトラーたち】のあらすじ

1958年のフランクフルト。

新米のラドマン検事(アレクサンダー・フェーリング)は、優秀ではあるが、正義に固執する真面目さと融通の利かなさを持ち合わせている。

シモンという元アウシュヴィッツ収容者が、教職に就いている元ナチス親衛隊員と出会う事で物語が展開する(ポツダム会談で、ナチスの公職からの追放が決定されている)。

ジャーナリストのグルニカ(アンドレ・シマンスキ)が教職に就いている元ナチを問題視し、警察や検察に持ち込むも、まったく相手にされない。当時、元ナチ関係者15万の99%が復職しており、外務省などは2/3が元ナチスという有り様であったため、すでに社会はナチスを許していたのだ。

唯一興味を持ったラドマン検事が調査を開始するが、若い世代であるラドマン検事自身もアウシュヴィッツで何があったか知らない始末で「保護拘禁用の収容施設だよね」という認識。ラドマンが無知ではなく、ドイツが臭いものに蓋をしていたため、伝わっていなかったのである。

ラドマンとグルニカが中心となり、シモンをはじめとした収容所の生存者への聞き取りが始まる。得られた証言は211人にも上り、ラドマンは証言を通してはじめて凄惨なアウシュヴィッツの実態を知る。

日々、いわれないの無い暴力と死の隣り合わせで、いつ・誰が死んだかも把握できない過酷な状況が伝わる。

特に収容所メンゲレ医師の所業はひどく、双子に興味を持ったメンゲレ医師は、双子を背中合わせに縫い付け、麻酔無しで内臓を取り出すなどの卑劣な行為を行っていた。

ちなみにこのメンゲレ医師は、元ナチスの戦犯のなかで数少ない死ぬまで逃げ切った人物です。

聞き取りを通し、ナチス=悪と凝り固まったラドマンは、元ナチスをしらみつぶしに逮捕していく。元ナチスとわかっただけで嫌悪感を示すラドマンと周りに微妙に軋轢が生まれていく。

そんな中でラドマンに衝撃的な事実が発覚する。自分の父親や信頼関係にあったグルニカも元ナチ党員である事がわかったのだ。

ナチス=悪と染まり切っているラドマンにとっては、誰も信じられなくなる、また裁判を起こす自分自身への大義も揺らいでしまう。

裁判から降り、事務所も辞めようとしたラドマンは、シモンの願いにより、グルニカとアウシュヴィッツに訪問する。

アウシュヴィッツにてグルニカは「アウシュヴィッツは今ではただの牧草地だ。裁判を起こさなければ誰も過去の事実を知らないままなんだ。」と裁判の意義を伝える。また、「罪に目を向けるのではなく、被害者や被害者の記憶に目を向けるべきだ」と、ナチス=悪と凝り固まり、その考えが元で自身を見失っているラドマンを説得する。

気持ちを新たにしたラドマンは、アウシュヴィッツの記憶を風化させないために、また罪ではなく被害者の記憶に目を向けるために裁判を行うのであった。

【顔のないヒトラーたち】の感想

1958年当時のドイツは、戦後からの急速な復興期です。

西ドイツがワールドカップで初優勝したのもこの頃で、奇跡的な経済復興に沸いています。旧ナチス党員たちは、ほとんどが免責されて社会に溶け込んでいきます。

この空気の中で、人々は過去に目をつむり沈黙します。原題である 「Im Labyrinth des Schweigens(沈黙の迷宮)」は当時のドイツ国民を表します。

いや、それじゃダメだろうと立ち上がった検事の物語ですね。

戦争犯罪は難しいですよね?映画にも出てきたアイヒマンは、イスラエルに捉えられ、そこで裁判を受けるんですが、その時のセリフが「戦争中の唯一の責任は、命令に従うという事です。」軍隊というのは命令系統が絶対な訳で、背けば責任放棄となり、罪に問われる訳です。

では、平時になりその罪は誰が負うのか?命令を出した責任者のみなのか?というところです。そもそも戦争犯罪自体が勝利者側には問わないのか?など欺瞞に満ちているので、明確な答えなど無い訳ですが・・・

平時になり町に溶け込んだナチ党員は、一般人となんら変わりありません。教師であったりパン屋で生活しています。過去の責任から逮捕されるシーンは、作中シモンが話すユダヤ人が連行されていくイメージとも少し重なります。行き過ぎた正義は立場が変われば危険な行為ともなりえます。

実際に、アウシュヴィッツ裁判には半数以上の54%の国民が反対したそうです。

歴史認識が当時はまだ甘い(アウシュヴィッツの残虐行為を知らない)ため、この割合なのでしょうが、80・90%が罪に問うべきだとの社会も怖い気がします。

 

ちなみに実話を元にしたノンフィクション映画ですが、主人公であるヨハン・ラドマンは、架空の人物です。実際にアウシュヴィッツ裁判に導いた3人の検察官を置き換えたものだそうです。

【顔のないヒトラーたち】はU-NEXTで無料視聴が可能です。

\31日間無料トライアル/

みんなのレビュー

タイトルとURLをコピーしました